東京高等裁判所 平成11年(ネ)1428号 判決 1999年6月24日
東京都練馬区東大泉一丁目一五番一九号
控訴人
お菓子老舗塩瀬こと
五味阿つ
訴訟代理人弁護士
日野久三郎
同
関口享
同
日野明久
補佐人弁理士
秋元輝雄
東京都中央区明石町七番一四号
被控訴人
川島英子
東京都中央区明石町七番一四号
被控訴人
合資会社塩瀬総本家
代表者無限責任社員
川島英子
両名訴訟代理人弁護士
沼田安弘
同
宮之原陽一
同
川西秀樹
同
長田敦
同
上田美帆
補佐人弁理士
神保欣正
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴人が求める裁判
「原判決を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決
第二 当事者らの主張
左記のとおり付加するほか、原判決摘示(三頁一一行ないし一八頁七行)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決添付の商標権目録に「登録意匠」とあるのを、いずれも「登録商標」に改める。
一 控訴人の主張
1 争点1(被告標章と本件登録商標との類似性)について
原判決は、被告標章はすべて本件登録商標のいずれかと類似する旨判断している。
しかしながら、「塩瀬」はありふれた姓氏にすぎないが、これに「宗家」を付した「宗家塩瀬」は独自の出所表示機能を有する。したがって、被告標章(2)、(7)、(8)が本件登録商標一、五に類似するとした原判決の判断は誤りである。
2 争点2(被告の共同相続)について
原判決は、本件商標権一及び本件商標権二、三の登録出願中の地位は亀次郎の死亡により「よし」が単独で取得したものと認めることができる旨認定している。
しかしながら、亀次郎が「よし」を受贈者とする贈与契約公正証書を作成していたこと、本件商標権一ないし三について「よし」を権利者とする移転登録が経由されていることは、控訴人がこれらの事実を知らなかった以上、控訴人も加わった遺産分割協議が成立したことの論拠となりえない。
また、被控訴人合資会社塩瀬総本家(以下「被控訴会社」という。)が本件登録商標一ないし三を使用して和菓子の製造販売を営業し広告等を行っていることは、いずれも控訴人の兄弟らが営業していた有楽町の「塩瀬總本家」から「のれん分け」を受けてしているものであるから、「よし」が本件商標権一ないし三に関する法的地位を単独で取得したことの論拠とはなりえない。
なお、控訴人は被控訴会社が提起した別件訴訟の当事者でないから、別件訴訟の被告らがどのような対応をしたかは、控訴人も加わった遺産分割協議が成立したことの論拠とならないことはいうまでもない。
ちなみに、本件商標権一ないし三について「よし」を権利者として経由されている移転登録は、亀次郎の相続人としてタネを母とする控訴人ほか四名が存在することを明らかにすることなく申請された蓋然性が高い。また、「よし」がタネを母とする控訴人ほか四名に対して各二〇万円を渡した事実の存在は、極めて疑わしい。
したがって、争点2に関する原判決の前記認定は誤りである。
3 争点3(商標法二六条一項一号の適用)について
原判決は、控訴人が製造販売する商品における被告標章(1)、(2)、(4)、(6)ないし(9)の使用態様は、営業主体の表示としては極めて不自然である旨判断している。
しかしながら、営業主体の表示を、商品の目立つ位置に、需要者の注意をひきやすい字体及び大きさで行うことは当然であるから、原判決の右判断は誤りである。
4 争点4(先使用)について
原判決は、控訴人の兄弟らが昭和二四年ころから「塩瀬總本家」(あるいは、「塩瀬総本家」)の標章を使用して和菓子の製造販売を行っていたことを認めながら、控訴人が店舗を移転したり、店舗を持たなかった時期があることを理由として、控訴人が本件商標権一の登録出願日である昭和二四年二月一八日より前から現在に至るまで「塩瀬総本家」の商標を継続して使用していたとは認められない旨説示している。
しかしながら、商標の使用の継続が店舗の移転によって失われるわけではないし、和菓子の製造販売は、店舗を持たなくとも他に委託して製造した商品を取引者、需要者に直送することによって可能であるから、原判決の右説示は誤りである。
5 争点5(信義則違反、権利濫用)について
原判決は、被控訴人らは遅くとも昭和六一年ころには控訴人が和菓子の販売に「塩瀬」あるいはこれを含む標章を使用していることを知ったものと推認されるとしながら、当時控訴人は店舗を持たずに営業を行っており、その規模及び形態が明らかでないこと、控訴人が店舗を構え「宗家塩瀬」の名称を使用して和菓子の製造販売を行っていることを被控訴人らが知ったのは平成二年になってからであることを理由として、被控訴人らが控訴人に対して、「宗家塩瀬」等の使用差止めを求めたのが平成五年七月であっても被控訴人らが長期間にわたり控訴人の営業を黙認、放置していたということはできない旨説示している。
しかしながら、店舗を持たなくとも商標の使用が可能であることは前記のとおりであるから、原判決の右説示は誤りである。
6 争点6(通常使用権の時効取得)について
原判決は、商標権の通常使用権の時効取得が認められるためには商標の使用が商標権者等の許諾の下に行われていることが客観的、外形的に表示されている必要があるところ、控訴人による被告標章の使用にはそのような表示が認められない旨説示している。
しかしながら、控訴人が昭和三一年ころ武蔵野市において被告標章を使用して和菓子の製造販売を開始した際、「塩瀬会」から会旗を贈られたことは原判決認定(三四頁二行ないし七行)のとおりである。したがって、控訴人が同会旗を使用して営業を行うことは、被告標章の使用が「塩瀬会」の中心である被控訴人らの許諾の下に行われていることを客観的、外形的に表示するものにほかならないから、原判決の右説示も誤りである。
二 被控訴人らの主張
1 争点1について
控訴人は、「塩瀬」はありふれた姓氏にすぎないが、これに「宗家」を付した「宗家塩瀬」は独自の出所表示機能を有する旨主張する。
しかしながら、「宗家塩瀬」の標章の要部が「塩瀬」にあることは明らかであるから、控訴人の右主張は失当である。
2 争点2について
控訴人は、争点2に関する原判決の前記認定は誤りであるとし、特に、亀次郎が「よし」を受贈者とする贈与契約公正証書を作成していたこと、本件商標権一ないし三について「よし」を権利者とする移転登録が経由されていることは、控訴人がこれらの事実を知らなかった以上、控訴人も加わった遺産分割協議が成立したことの論拠とはなりえない旨主張する。
しかしながら、控訴人は、原判決認定の事実(二七頁八行から二八頁八行の<1>ないし<3>)を知悉しながら、本件商標権一ないし三について「よし」を権利者とする移転登録が経由されていることに何ら異議を述べなかったのであるから、控訴人の右主張は失当である。
3 争点3について
控訴人は、営業主体の表示を、商品の目立つ位置に需要者の注意をひきやすい字体及び大きさで行うことは当然である旨主張する。
しかしながら、控訴人の右主張は、ある標章の表示が、商号としての表示であるか、商標としての表示であるかを混同するものであって、失当である。
4 争点4ないし6に関する控訴人の主張は、いずれも争う。
理由
一 当裁判所も、被控訴人らの控訴人に対する請求は、全部認容すべきものと判断する。その理由は、原判決説示(一八頁九行ないし三七頁五行)のとおりであるから、これを引用する。
二 争点1(被告標章と本件登録商標との類似性)について
控訴人は、「塩瀬」はありふれた姓氏にすぎないが、これに「宗家」を付した「宗家塩瀬」は独自の出所表示機能を有する旨主張する。
しかしながら、「宗家」が一門の本家あるいは流派の主となる家筋を表す語として普通に用いられることは当裁判所に顕著な事実であるから、「宗家塩瀬」という標章においては「塩瀬」の部分のみが出所表示機能を有するというべきである。したがって、被告標章(2)、(7)、(8)は本件登録商標一、五に類似するとした原判決の判断に誤りはない。
三 争点2(被告の共同相続)について
控訴人は、本件商標権一及び本件商標権二、三の登録出願中の地位は亀次郎の死亡により「よし」が単独で取得したものと認めることができるとした原判決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、原判決認定の事実(二七頁八行から二八頁八行の<1>ないし<3>)を総合すれば、本件商標権一ないし三に関する法的地位は相続人間で協議がされた上、「よし」が単独で取得したとする原判決の認定は正当として是認しうるものである。
この点について、控訴人は、本件商標権一ないし三について「よし」を権利者として経由されている移転登録は、亀次郎の相続人としてタネを母とする控訴人ほか四名が存在することを明らかにすることなく申請された蓋然性が高い旨主張するが、これを裏付けるべき証拠は何ら存在しない。
四 争点3(商標法二六条一項一号の適用)について
控訴人は、控訴人が製造販売する商品における被告標章(1)、(2)、(4)、(6)ないし(9)の使用態様は営業主体の表示としては極めて不自然である旨の原判決の判断に対して、営業主体の表示を商品の目立つ位置に、需要者の注意をひきやすい字体及び大きさで行うことは当然である旨主張する。
検討するに、商標法二六条一項一号に規定されている「自己の氏名若しくは名称(中略)を普通に用いられる方法で表示する商標」は、商標権の効力を及ぼすことが適当でないものとして例外的に使用が許されるものであるから、その表示方法は、殊更に出所表示機能を企図する態様のものであってはならないと解するのが相当である。しかるに、原判決挙示の証拠によれば、控訴人が製造販売する商品における被告標章(1)、(2)、(4)、(6)ないし(9)の使用態様は、明らかに出所表示機能を企図したものと認めざるをえないものである。したがって、前記の各被告標章の使用態様は名称等の普通に用いられる方法と解することはできないとした原判決の判断に誤りはない。
五 争点4(先使用)について
控訴人は、控訴人が本件商標権一の登録出願日である昭和二四年二月一八日より前から現在に至るまで「塩瀬総本家」の商標を継続して使用していたとは認められないとした原判決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、商標法三二条一項の規定の適用を受けるためには、商標の使用をしていた結果、他人の商標登録出願の際、現にその商標が自己の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間に広く認識されていることが必要である。しかるに、原判決挙示の証拠によれば、原判決認定のとおり、控訴人の兄弟らが営業していた有楽町の「塩瀬總本家」は太平洋戦争中に中断し、昭和二四年ころ千葉県で再開された事実が認められ、この事実によると、本件商標権一の登録出願日である昭和二四年二月一八日当時、「塩瀬總本家」(あるいは「塩瀬総本家」)の商標が控訴人あるいはその兄弟の業務に係る商品を表示するものとして取引者、需要者の間に広く認識されていたと認める余地はない。したがって、「塩瀬總本家」(あるいは「塩瀬総本家」)の商標について控訴人に先使用権を認めなかった原判決の判断は、結論において正当である。
六 争点5(信義則違反、権利濫用)について
控訴人は、争点5に関する原判決の説示は誤りである旨主張する。
しかしながら、本件の全証拠によっても、被控訴人らの控訴人に対する本件請求が信義則に反し、あるいはその権利を濫用するものと判断すべき事情を認めることはできない。
七 争点6(通常使用権の時効取得)について
控訴人は、争点6に関する原判決の説示は誤りである旨主張する。
しかしながら、本件の全証拠によっても、控訴人による被告標章の使用について、それが被控訴人らの許諾の下に行われていることが客観的、外形的に表示されていた事実を認めることはできない。
八 以上のとおり、被控訴人らの控訴人に対する請求を全部認容した原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は、理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一一年五月一八日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)